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ジョークとジョーク

ことばのリハビリですよ。

My contribution to urban blues

音楽

小沢健二のライブを見てきた。家に帰ってそのまま寝落ちして夜が明けぬうちに起きてしまったので、いろいろと書いておこうかなと思います。


小沢健二は僕のフェイバリットミュージシャンを並べるときに真っ先に名前が挙がる人物のうちの一人だ。彼がフリッパーズ・ギターで活動していたころは僕は生まれてないし、ソロでの全盛期のころはまだ幼い子供のころだったから完全に後追いでのファンなのだけれども。音楽に興味を持ち始めた中学生のころ、「なんか今夜はブギー・バックっていう超有名曲があるらしいぞ」ということで2ndアルバム・LIFEを借りたのが小沢健二との出会いだった。最初は甘い歌声で華やかな曲を歌うポップスターとしての彼に夢中になった。それからソロの作品をあさり出した後にフリッパーズ・ギターにたどりついて、その頃のシニカルな歌詞に心を奪われた。「意味なんてない」「わかりあうなんてできない」なんて虚無的な言葉が思春期のひねくれたコドモの自分にジャストフィットすぎたわけです。


そんなわけで無駄に冷笑主義に浸りきって過ごしていたのだけれど、人生がにっちもさっちもいかず身動きが取れなくなってしまって生きることをあきらめそうになる時期があった。そんなときにふと1stアルバム・犬は吠えるがキャラバンは進むを聴きなおして、そこに頼りなくも自分の言葉で必死にもがいて戦おうとする小沢健二の姿を見た。アルバムのクライマックスで歌われる天使たちのシーンの「神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている」という一節に冗談抜きで救われた。過去の冷笑主義からの脱却、そして誠実に生きようとするその姿勢に強く心を揺さぶられた。やたら攻撃的に言葉を操る若者でも渋谷系のポップスターでもない素の姿に思春期の自分はいまいちピンとこなかったのだけれども、その紡がれる言葉の強さにその時ようやく気づいた。今ではこのアルバムが彼のベストアルバムだと思ってる。


つらつらと書いたけど要は小沢健二が大好きなんですね、僕は。小沢健二は2010年に沈黙を破ってから今回のツアーまでに2回ライブ活動をしていたけれどもどちらも行けなかったし、それからまたしばらく潜伏してしまったから「もう無理かな」とも思ってただけに今回のツアーのチケットが当たった時は本当に嬉しかった。



で、ライブのことなんですけれども期待以上でした。往年のヒット曲を歌いまくって客に媚びるような懐メロ歌手になってたらやだなーと心配してたのがアホらしくなるくらい。過去の曲はきちんとアップデートされてシンプルなバンド編成でも過不足ないアレンジになってたし、何より今回のツアーのために書き下ろされた新曲たちがとても良かった。一昨年発売されたライブ盤・我ら、時にもその時点での新曲が数曲収録されていたのだけれども、その曲たちはいまいちピンとこなかった。言葉の鮮度というか力が圧倒的に足りないなというのが正直な感想で、妙に硬い言葉が並んでて聴いてて居心地が悪かった。だから今回新曲をたくさんやるツアーだと聞いていて微妙な気分だったけれど、このツアーは過去の曲でファンと楽しむためのものじゃなくて、この新曲たちで今の小沢健二を伝えるためのツアーなんだなというのがガツンと伝わってくる良い曲たちでした。


乱暴に言ったら全盛期の曲は"生きる"ということを書いた曲が多かったように思うのだけれども、新曲ではさらにその先の何か真理に触れようとする意思を感じた。そこにたどり着くまで手探りで彷徨うかのような不安定なメロディーと無茶な言葉の乗せ方は賛否両論だろうけど、僕はそれがリアルで良かったと思います。伝えるべきことが定まって力強くバンドサウンドで歌う彼の姿に泣きそうになった。というかライブ中泣きました。まるで宗教のように崇拝してたミュージシャンを間近で観れるのってこんなに幸せなことだったんだなぁ。


もしこの後のライブを観にいく人がいたら思う存分楽しんでくださいとだけ伝えておきます。完全復活して力強くなった今の小沢健二に会えます。