ジョークとジョーク

ことばのリハビリですよ。

空想X

何もない日曜日の午後は過去の自分に殺されそうになる。物語のクライマックスで今までの伏線がフラッシュバックするように、何かを暗示するかのように。人生における行動はゲームの選択肢のように正解不正解が明示されているわけではないのだけれども、過去の自分はそれが絶対100%間違いだと訴えていて同時に正解を選んだ時のパラレルワールドも提示してくるから非常にたちが悪い。ただの妄想でしかないのだけれども、もともと妄想癖が強い僕はどうしてもそれに強烈な質量を感じてしまいそのまま心に残ってしまうのだ。


僕の後悔の原因のほとんどはコミュニケーションだ。相手の反応に対して僕が余計な解釈をあれこれしてしまい、結果言葉や行動の過不足を引き起こしてしまう。文章や映像に触れるとき、そこにある空白を自分の解釈で埋めて完成像を作るのは正しい。でも対人関係においては自分一人では完成像を作れないはずなのにいつも勝手に像を作り上げて勝手に喜び、勝手に悲しんでしまう。その結果離れてしまった人たちのことを考えると自己嫌悪で気分が悪くなってくる。


誰かに話をしたりしてこのもやもやを解決したいなとは思うのだけれども、人に会えばいつも意味のない言葉ばかりを並べて一瞬を楽しむためだけに時間と言葉を無駄にしてしまう。未だに僕は僕のことをしゃべる手段を知らない。いっそ誰ともコミュニケーションをとらずにいればいいのかなとも思うけど、どこかに切実に人を求めてしまう自分もいてそれがとてつもなくめんどくさく、何も考えたくなくて適当に音楽を流して脳内を埋めている。


こんな気分で明日からの一週間を乗り切れるのかといつも不安で死にそうになるけど、多分なんやかんやで僕は生き延びてしまうんだろうし、そこそこ楽しい瞬間も訪れるんだろう。こんなことを繰り返して生きていくんだからなんだか気が遠くなるね。

腰ぬけマシーン

新生活が始まって2ヶ月ちょっとが経ったけど、なんとかそれなりに生き延びてる。生き延びてはいるけど毎朝「あー仕事辞めてぇ……」って思いながら自転車漕いでるし、毎日仕事で大なり小なりのミスを繰り返してしまって凹むし、職場での昼飯用に買いだめしてる安いカップラーメンもそろそろ飽きてきたし、この仕事を一生続けないとしてもじゃあ次はどうしようと考えたときに思考が行き詰まってしまう。雨の中を穴の空いた傘でしのぎながら知らない場所へ歩いてるような生活である。それでも職場からの帰り道で高台から見える夕陽が綺麗でなんとなく誤魔化されてしまうから自分ってチョロい。


そんなこんなで降りかかる雨をのらりくらりと避けながら26歳になった。18歳、20歳になった時のような歳をとることに対するワクワク感は今後訪れないにしても、親しい人にお祝いの言葉をもらえるのはいくつになっても嬉しいものである。気になってる人からもメッセージをもらえてちょっと舞い上がってしまった。本当に自分はチョロい。


いろんな人からお祝いのメッセージをもらってやりとりをしてる中で、計画未満な宙ぶらりんの約束がいくつもあることに気がついてしまった。よくある「飲みに行きましょう!」とか「予定合わせてご飯食べに行きましょう!」ってやつ。社交辞令で言ってるわけではないのだけれど、最近自分でもびっくりするくらい実行に移す行動力がなくなっていて非常に良くない。


なんでこんなに僕は人を誘うのに躊躇してしまうのか考えたのだけれど、Twitterでのキャラクターがやや肥大してしまっていることが原因かなぁと思う。正直な話、僕はいろんな人と関わりたくて人に興味を持ってもらうために過剰にユーモアを強調してしまってる節がある。しかし実際のところ僕は現実の会話のテンポは悪いし、瞬発力も乏しいから器用な返しもできないし、話題や教養もイマイチなので、会話をしてて楽しい方ではないよなぁというのが自己評価。なので興味を持ってくれてる人と会ってもガッカリさせてしまうんじゃないんじゃないかなぁ、貴重な時間を消費させてしまって申し訳ないかなぁ、とか無駄に不安になって声をかけられなくなってしまっているのだと思う。完全に悪い方向の自意識過剰である。文章にしてみたらなかなかにヤバいな。せっかくいろんな物事、人に出会える土地に来たのだからもっと図太い神経をもたなきゃもったいないよね。ということで26歳の目標は"行動"です。頑張ります。

すみか

新しい部屋は陽当たりの良い、暖かい部屋だった。南向きの大きな窓を開けると春の陽射しと風の匂いがノスタルジックな感傷を呼び起こす。季節が呼び起こす記憶はいつだって少し切ない。新生活への高揚感と不安と恋しさとせつなさと心強さとがずっとぐるんぐるん回っている。


勝手なイメージで関東は家賃が高いと思ってたのだけれど、神戸で借りてた部屋の7割程度の家賃で倍以上の広さの部屋が借りれてびっくりした。なんだったんだ前の部屋。騒音的な問題で安いらしいけれど、前の部屋も大きな国道と高速道路の目の前だったから耐性はあるし今のところ全く気にならない。今のところいつまでこの部屋に、この土地に住むかは分からないけど、きちんと自分のすみかにしていきたいな。


それにしても新生活は何かとお金がかかる。水を飲もうにもコップがない、洗面所にタオルをかけようにもタオルホルダーがない、ゴミを捨てようにもゴミ箱がない。大きな家具、家電以外でも日常で当たり前に使っていた道具は全て然るべきコストを払い購入していたものだったんだなと痛感した。しばらくは細々とした出費が重なるだろうから久々に家計簿アプリを使って支出を管理しなければ。まだまだ安住の地は遠い。

狂言メッセージ

なんか僕来月から関東で働くんだって。えっマジで?働くの?僕が?働くことも関東に引っ越すことも現実味が薄くて、入社や入居についての書類を眺めても知らない言語のように見えてくる。戸惑いのほうが大きいけどとりあえずニート脱却おめでとう自分。このブログを初めて今月で1周年だったわけだけど、無事現状を進めることができて良かった。読み返してみたら割と高頻度でジメジメと未来について悩んでいたけど「なんとかなりそうやで」と過去の自分に伝えに行きたいぜ。


正直あまり興味のわく仕事内容ではないけれども、仕事は生きがいではなく金を稼ぐための手段と割り切って休日数の多さと残業時間の少なさで決めた。(そこしか受からなかったのもあるけど)給料も多いわけではないけどなんとかなりそうだし、とりあえず働きながら転職も視野に入れながら将来設計をもう少し具体的に考えていきたいなと思う。なんか不純な気もするけど「あの仕事もヤダこの仕事もヤダ」って家でダラダラ選り好みしてるよりはましかなぁ。ひとまず第一歩として適当に頑張りたい。


1周年記念というのもあって特に内容もないけど更新しました。

ストレンジャー

大阪のテストセンターでSPIテストを受けるのと、大学に休学願を出すために関西に上陸してる。結局1年間で就職が決まらなかったので延長戦を宣言しに舞い戻ってきました。


用事はどちらもあっさり終わったので、空き時間にぶらぶら散歩したり好きだった店に行ったりしてたんだけど、離れてた期間があった割には身体の感覚がスッと馴染む。昨日が神戸を離れた10月2日で、今日が10月3日ような感覚。神戸に住んでた頃、実家に帰省してもこういう感覚はなかったからなんだか不思議な感じ。まだ自分のホームが関西な気がしてるのはちょっと厚かましいだろうか。


歩いているといつの間にか潰れてる店や新しく出来た店を発見した。住んでた町の駅前にやたら気構えたメロンパン屋が出来てたし、大学近くの古本屋が潰れていた。住んでいた友達もほとんどいない。町の緩やかな代謝に気づく。今日は10月3日ではなく2月20日であることを実感する。


そんな中で変わらないものを見つけると嬉しくなりますね。よく通ってた定食屋に行ってみたら、7年前に初めて来店したときから変わらない店員さんが働いてて妙に感動してしまった。センチメンタル全開だったときに食べたコロッケそばはひどく安心する味だった。閉店間際だからちょっと油が悪くなっててコロッケが若干黒っぽくなってるの。そんなもんでいいんだよ。変わらない君でいてくれ。今度行ったら唐揚げ定食を食いたいなぁ。唐揚げがでかくて食いごたえがあって美味いんだ。


そうそう、SPIテストを受けたと書いたけれど、エントリーシートが最近ようやく通過した。来週は東京へ面接を受けに行く。まだどうなるかは分からないけれど、ぐずぐずと停滞してた僕の日々が少しずつ動き出している気がして嬉しい。今までは神戸を離れた日にとどまって時間に追いつけないままでいたけど、どうにかこの流れに乗って時間と自分を同期させて生きていきたいです。

犬は吠えるがキャラバンは進む

正月ムードも薄れて世間が日常を取り戻そうとしていた2017年1月7日の夜明け前、飼い犬が息を引き取った。前日から足元がふらついたり食欲がなかったりと良くない兆候はあったが、もうその日は朝からもう自力で立つこともできず食べ物もほとんど口にできない状態になってしまっていた。かかりつけの病院に連れていくかどうか家族で話したけれども、もう終わりが近いことが目に見えて明らかだったのでこのまま生まれ育った家で看取ってやろうということになり、母の布団で一緒に床についた。そして母が深夜目を覚まして様子を見たときにはもう息を引き取っていた。一番懐いていた母の隣で眠るように逝けてよかったな、と思った。


息を引き取ったばかりの体はまだ暖かくていまいち死の実感が湧かなかった。けれど亡骸を抱きしめたときの上手く定まらない四肢と首からは生の気配が消えていた。体にまだ残る暖かさと、触り慣れたやわらかい毛並みと、右手にあたる胸部の静けさとのギャップで混乱してしまう。なんとなく嘘のような気がしてしまって、のど元をなでたり鼻をくすぐったり耳をパタパタ動かしたりしてみたけれども、当然のように反応はない。ぼんやりとした悲しみをそのまま自分のベッドに持ち帰って何度もなぞるうちに、あぁこの子はもう死んでしまったんだ、ということがはっきりと形になった。そしてようやく涙をこぼした。


ドラマのように大げさな思い出はないけれども、一緒に生活してた中での些細な場面を思い出していると気持ちが高ぶってその日はうまく寝付けなかった。朝になったら2階に上がってきてベッドに上って顔を舐めまくってきたこと、来客の気配がしたらよく吠えていたこと、外出から戻ってきたら足元に飛びついてきたこと、散歩に連れて行ったらはしゃいで勝手に前に前に進もうとしてたこと、「餌だよ」と声をかけて食器にドライフードを入れる音がしたら駆け寄ってきたこと、イタズラ好きで隙あらばティッシュボックスから引っ張り出してティッシュを食べていたこと、リビングでくつろいでいたら足や顔をとめどなく舐めてきたこと、自分が退屈な時には人に近づいてきてなでるのをせがんできたこと、台所で晩飯の準備をしているとおこぼれがもらえることを期待して足元をうろついてきたこと。全部が過去になってしまった。


そして今日、亡骸を火葬した。もっと早く焼いてあげたかったのだけれども、斎場の都合でこの日になってしまった。職員に引き渡して屋外の喫煙スペースで一服をしていると、来る途中に見た工業地帯を思い出した。僕は小さい頃あの煙突の煙が空に昇って雲になるんだと信じていた。うちの犬も焼かれて煙となって雲になればいいと思う。幸いにも今日は快晴だし気持ち良く空に上れるはずだ。タバコの煙を吐き出しながらそんなことを考えていた。


僕がちゃんと飼い犬の死と向き合ったのは今回が初めてだ。もともと我が家には3匹の愛犬がいた。僕が小学6年生の頃に最初の1匹目がきた。明るいレッドのミニチュアダックスフント。1年後にこの子が7匹の子を産み、5匹は知り合いにもらわれていった。そして残ったブラックタンとレッドの2匹と母犬が我が家で生活することになった。母犬は一昨年、ブラックタンの子は去年亡くなっている。前の2匹の最期はどちらも僕が神戸にいるときだったので看取ることができなかった。そして今回最後の1匹が逝ってしまった。


死は少しずつ何かを失くしていくことなんだなと思う。最後の1匹は2~3年ほど前から階段を上がれなくなった。来客に対していつの間にか気づかなくなっていた。外出から戻ってきても大げさなお出迎えをしなくなった。散歩もいつの間にか歩くのを拒むようになった。「餌だよ」と声をかけても食器にドライフードを入れる音がしても目の前にご飯を持っていかないとわからなくなった。ティッシュボックスが目の前にあっても漁らなくなった。こたつの中で人の足を舐める癖がいつの間にかなくなっていた。何もないときは人に近づかずにひたすら睡眠と水を飲むだけになった。台所で調理の音が聞こえても興味を示さなくなった。そして最後には食べることも歩くこともできなくなった。死が訪れた途端に全てを失くすのではなく、少しずつ時間をかけて物や習慣や記憶を失くしていって最後に命を失くして死ぬのだ。穏やかに自然に失くしていけたこの子は幸せだったと信じたい。


犬たちはこたつに潜るのが大好きだった。冬場は日中の大半をこたつの中やこたつ布団の下で過ごしていた。もう1匹もいないのに、僕は未だに犬を蹴り飛ばさないように中を確認してから足を入れる癖が抜けない。こたつ布団の下に隠れてる犬を踏みつぶさないようについ遠回りをして歩いてしまう。他にも犬がトイレに行けるように引き戸を少し開けておく癖や、食べてしまわないよう机の上にティッシュボックスを置かない癖もそのままだ。まだ僕の行動の中から犬たちが消えていない。それを見つけるたびに少しおかしくなって少し寂しくなる。


けれどもいつかは犬たちのいない毎日が日常になって、僕の行動からも犬たちの気配は消えてしまうんだと思う。階段を上ってこないように段ボール箱で階段をふさぐ習慣も犬が階段を登れなくなってからはいつの間にかしなくなったし、餌の準備のときも反応を示さなくなってからは「餌だよ」と声をかけることもなくなった。そんな風に僕も少しずつ何かを失くしていって、ほんの少しずつではあるけども死へ向かっていくのだろう。


僕の習慣から犬たちがいなくなったとき、犬たちは完全に僕の記憶と写真の中だけの存在になる。僕はいい加減だから歳をとったら曖昧に思い出すばかりで都市伝説のように少しずつ像を歪ませてしまうかもしれない。だからせめてこたつに慎重に足を入れているうちは、足の裏を伝う舌の感触を思い出してくすぐったい気持ちになってあげようと思う。

祈り


何もしてない状態を少しでも脱却したいと思って久しぶりに宅録をしました。3か月ぶりかな。こんなに自分の精神状態が反映されるんだ……って作り終わってちょっと笑いました。タイトルのわりにすっきりしない曲。小林建樹の曲に古明地洋哉が歌詞を書いてGREAT3が演奏したらこんな感じかな。違うか。


自分のことを歌にするというのはなかなかに疲れる。どうしても照れやら自尊心やらが邪魔をして、カッコつけたり回りくどかったりする言い回しになってしまい、言いたいことの真ん中にたどり着けない。長々と書いて結局ぐるぐる同じところを回り続けているだけのときも多い。でも今回は今までよりは正直に書けたかも。作り終わった達成感で錯覚してるだけかしら。勘違いじゃなかったら嬉しいな。完全に余談ですが、歌詞を書き終わってタイトルをつけたら「そういや小林建樹にも同じ名前の曲があったよな」と思い出して、そのシングルジャケットと近い構図の写真を手持ちから探して曲のジャケットにしました。引っ越し作業が終わった後にアー写ごっこしてたときのやつ。独りで。

祈り

祈り


それにしても楽器は触らないとどんどん下手になりますね。特にベースは触るのが久々すぎて録音に丸一日かかったし、終わるころには指に豆ができちゃったよ。弦の太さ頭おかしいでしょこの楽器。馬鹿じゃねえの。